私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
納税協会連合会会長賞
「亀」と「象」と「恩返し」

京都府立西舞鶴高等学校 1年
瀬野 あやか

 「ピッピッピッピッ。」

 規則正しい機械音に微かに混じる寝息。その小さな体とは裏腹に、腕に挿された大きなチューブ。その手が初めて、自分の指を握り返した時、いつもおちゃらけてばかりだった父が、気の抜けたような顔で泣いていた。そう母がこっそりと教えてくれた。

 15年前。珍しく、雪が積もったその日。予定日よりも二ヶ月早く生まれた私は、体重が1,822グラムしかない低出生体重児(未熟児)だった。未熟児は生まれた時、身体の機能が未熟なため、自分の力だけでは生きることができない。そのため、私は母に抱かれることなく、救急車でNICU(新生児集中治療室)のある他の医療機関へと搬送されたらしい。NICUでは、心電図や呼吸等を監視する生体モニター、新生児用人工呼吸機等、様々な機器が常備され、医師や看護師が24時間対応する。よって、必要となる医療費は数百万円と莫大なものになるらしい。当時の年若い両親に数百万を支払う余裕があったのか。そう思い、青ざめる私に、母は笑いながら、1枚の紙を差し出した。そこには、「未熟児養育医療制度」と書かれていて、紙の端いっぱいに母の文字で書き込みがしてあった。母曰く、この制度に申請することで、高額な医療費を国が代わりに負担してくれたそうだ。この時まで、私は「税金なんて、取り上げられるばっかりで、何も私達に還元してくれていない。何の意味があるんだ。」とさえ思っていた。だから、自分の命が顔も名前も知らない多くの人々の納税によって支えられていたことを知り、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。同時に、その恩を知らず知らずの内に踏みにじってしまい、自分が何と無知だったかを突きつけられた。

 昔の人達は、巨大な亀の甲羅の上に立った象がその背中でこの大地を支えていると考えていたそうだ。私達にとって、税はその亀や象と同じではないか。税制度があるお陰で、私達は、私達の日常を「当たり前」のものとして、享受することができるのだ。もし、税という支えが無くなれば、私達の立つ社会という大地は、あまりにも容易く崩れてしまうことだろう。

 高校生になった今でも、私は税に支えられながら日々を過ごしている。だが、将来、働いて税金を親ではなく、自分で払うことになる日がくる。その日まで、勉学や様々な経験を積むため、自ら行動する。きっと、それが今私にできる最大限の恩返しと信じて。