私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
京都府租税教育推進連絡協議会賞
高福祉社会を目指して

花園高等学校 3年
上田 愛里

 日本は北欧社会のようになれるだろうか。

  北欧といえば、常に日本人が「社会保障制度の鏡」として崇めている高負担高福祉社会だ。確かに、財政赤字やら、若者の負担だとか、コロナ禍による経済停滞も相まって未だに不景気を彷徨っている日本からすると、北欧はまさに理想の社会だろう。

  現在、アフターコロナには消費税増税をすべきとの案が上がっている。この際、消費税を上げて北欧のように高福祉社会を目指すべきだと思った人もいたのではなかろうか。私もその一人である。では、実際にそのような理想は実現可能なのか。

 ここで、北欧の国民性に注目してみたい。北欧諸国の大半は、国民の七割以上がキリスト教を信仰する宗教国家だ。彼らはキリスト教の教えにある貧者救済の考えを持つがゆえに、富を公平に分配する税金といった制度を受け売れやすいのではないか。また、北欧の政治は透明性があり、かつ多様な年齢層や性別から成る議会によって国民の政治参加への関心が高いことでも有名だ。政治家は国の財源として税金を使っている。ゆえに、政治家の国民に対する姿勢が、国民にとっての税金のイメージを確立するのだ。つまり、北欧社会では国民と政治の間に築かれた信頼関係により、既に「国民の健康で豊かな生活を実現するための財源」という税金のイメージが確立できていたのだと思う。北欧諸国は高負担高福祉を受け入れやすい社会環境なのだ。

  一方、現代の日本社会は北欧とは真逆の構造をとっている。例えば、今回のオリンピック事業の中抜き問題でも、税金の利用体制が不透明かつ不適切であることが明らかになった。加えて、日本では世襲政治家が多く、政治一筋で生きる道が確保されている。ゆえに国民との信頼関係は薄くなっている。また現在、経済格差の拡大と少子高齢化の進行により、現役世代への負担は増加傾向にある。その結果、国民の多くが個人の利益を優先せざるを得なくなっている。これらが要因となって、日本国民に「国民から搾取した財源」の税金イメージが確立されてしまったのだ。

  現状の日本では北欧社会には近づけない。では、その実現には何が求められるのだろうか。おそらく、それは国民が一概に信じる依り所だろう。北欧社会で言えばキリスト教だが、現状日本にそのような存在はない。税金は豊かな生活には不可欠だ。しかし、自分の所得の一部が他人のために使われるのは受け入れ難いこともあるだろう。ゆえに、「税金を払う正当な理由をつけてくれる存在」は重要なのだ。そして私は、この空白を埋めるのが日本の政治であると思っている。

 キリスト教のような大きな存在がない日本において、国民の協調性を促すのは本来、政治の役割であるはずだ。国民が平等に税を負担したくなるような政治の姿勢を見て、私たちは初めて高福祉を夢見れるのである。