私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
納税協会連合会会長賞
隠れた無償の力

京都産業大学附属高等学校 2年
浜中 晃

 令和二年六月十日の早朝、父から電話がかかってきた。仕事に行った父からの電話は珍しく、気にしていると、母はとても驚いた様子で慌てていた。内容は、今から救急車に乗せてもらうというものだった。父は、通勤途中の駅の下りエスカレーターから転落したそうだ。倒れて身動きできないまま、苦しんでいると、誰かが救急車を呼んでくれ、事故の八分後に救急隊員は到着し、そのまま担架に乗せられ二十五分後には病院につけていたそうだ。そして、事故から四十分後には、レントゲンと診察が終了して、母が到着した。

 救急車で運ばれた場合の費用は、平均四万円だそうだ。海外では、利用するかしないかをまず選択するそうだ。日本では、利用することが当たり前で、それは「税金」のおかげだからだ。

 その後、退院してからしばらく、父は車いすを利用したが、公共機関のほとんどがバリアフリー化されていたので、とても便利だったとのことだった。

 令和元年十月八日の朝日新聞で「税金」についての記事を見た。名古屋市立大学の伊藤教授によると、「政府」というものは、社会の共同の目的を実現するために存在し、その実現のために必要なものが「税金」であるとのことだ。だからこそ、政府の在り方が、租税への抵抗感に影響してしまうそうだ。日本人は、市民の力で悪政を倒し社会を作った経験がないので、政府に対し「自分たちで築いた政府」という実感が少なく、近代化した現在も、税金には、とりたてのイメージが根強く残っている。それは、日本人の「公」の意識が成熟していないことを意味するそうだ。

 今回、父が救急車で運ばれて、経験し気づいたことは、「税金」の存在が、とても大きく、困難を持つ人のためにあるということを実感した。そのために、市民の同意を得て、「税金」が集められ、困っている人の役に立っている。しかし、実際に困難に直面しておらずそう思うことができない人もいるだろう。

 例えば、今回の新型肺炎により、市民の交付された「税金」を財源とした持続化給付金を不正に受給した人がいる。自分さえよければよいという犯罪が発生している。

 「税金」について考える時、どんな社会を作りたいかをまず最初に考えないといけないと思った。困った時にお互い助け合うという社会を作りあげることを「税金」の目的とするのか、全て自己責任の社会を目的とするのかということだ。

 今回の父の骨折で、人は困った時になって初めて「税金」の存在に感謝し、自分の身の回りの物やサービスなどに「税金」が使われていることを感じることが多かった。

 「税金」は、必要な時に必要な人や場所のために存在している。