私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
京都府租税教育推進連絡協議会賞
納税の心構え

京都共栄学園高等学校 2年
田中 美輝

 二〇一四年、消費税が五%から八%に上がったとき、十二才だった私はどう思っただろうか。当時は、なぜ消費税が上がるのかあまり意味がわからず両親に聞いていた記憶がある。消費税を上げないと将来私たちの世代に負担をかけることになることや、医療費が高額になるためその財源が必要になることなどを聞かされていたような気がする。私自身はモノの値段が上がるから嫌とか買いたくても我慢しないといけないなどといった具合に自分の目の前にある問題に頭を悩ませていた。

 以前、祖母が、つまずいて骨折し何か月も入院したことがあった。入院が終わる最後の日、入院にかかった費用を聞いたとき、私は驚いた。何か月も入院したサービスの対価にしては、とても見合う値段ではないと感じたからだ。祖母の入院している病院にお見舞いに行ったとき、大勢の看護師さんにお世話をしていただき、外科や内科の先生が祖母の健康状態を見てくれていた。これだけの人が関わっているのに、なぜこのような値段で済んだのかと祖母に尋ねたら、国が保険として一部を負担しているからだよ、と祖母は笑顔でこたえてくれた。

 私は、両親を手伝うため地域の草引きをしたことがある。各家の前の道の際の草を地域の皆さんと一緒に引く。暑い時もあるし、寒い時もあるけれども、終わった後いつも通る道が本当にきれいになる。とても一人では、できる範囲ではない。でも、一人一人が少しずつやれば少しの労力で一人ではできない範囲をきれいにすることができる。そうすることによって祖母のように体が悪い人や小さな子供たちも、もちろん自分自身も気持ちよく道を使うことができる。

 私は、税も地域の草引きも同じことをしているのではないかと感じている。少しの負担で大きな範囲をカバーすることができる。事情があり本来ならサービスを受けることができない人もいざというとき安心してその利益を受けることができる。もちろん自分自身のためでもある。国民の診察費や入院費といった医療サービスによる費用は、ほとんどが税で賄われている。だからこそ、祖母のように高齢で体が不自由でも安心して暮らせるということ、税は私たちの健康を支えているということ。私たちが日頃納めた税金が、巡り巡って私たちの生活をより便利に、豊かにしている。そういうことを考えると、以前退院したときの祖母の笑顔は、私に税の本質を実感させる瞬間だったと思う。税は、払わせられているのではなく、払うことで支えあうためにある。そういう認識をもち責任をもって、私は納税したい。