私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
京都府租税教育推進連絡協議会賞
税金の必要性

京都共栄学園高校 2年
浅野 日和

 小学生のころ、好きな時間が2つあった。一つ目は、朝休み。遊べる時間がたくさんあったから、好きだった。二つ目は、給食の時間。友人と机をくっつけて、みんなでわいわい言い合いながら給食を食べる。そんな時間が好きだった。給食のメニューにも、子どもたちが少しでもたくさん食べられるように、食べやすいように、という工夫が毎日凝らされていて、どんなメニューでも楽しく、美味しく食べられたことを覚えている。

 そんな、楽しく、美味しい給食が、税金で賄われていることを知ったのは、 小学五年生のときだ。保護者に配布されるプリントを見たとき、驚いた。給食代の値段を見ると、破格の値段が表示されている。どれだけ安いファストフードでも、これだけの値段で食べることができる訳がない。しかも、できたてを食べることができるから、味はファストフードやファミリーレストランよりもはるかに美味しい。後から調べてみると、給食は、一部は税金で賄われていることを知った。

 私は給食が好きだ。みんな一緒に食べることができるから。美味しいから。楽しいから。そして、貧富の差、家庭環境の差、そういった「差」が出にくいから。

 自立できず、保護者のおかげで生きていくことのできる私たち子どもは、どうしても保護者の財力、家庭環境、生活環境などが顕著に表れてしまう。口調、着ている服、手作りのお弁当かコンビニで買ったご飯か。私が通っていた小学校にも、様々な環境に置かれている子どもたちがいた。高い服を着る子もいれば、そうでない子もいた。だが、そんな中で、唯一、その「差」が出ないものがあった。それが、みんなで食べる、給食だ。そしてその給食は、全員が同じものを口にできるよう、税金が使われている。

 これまで、税金は大切だ、ということは聞き、見て、そして理解していた。しかし、納得はしていなかったように思う。税金がなぜ大切なのか、何のために税金は必要なのか、ということをよく考える機会はなかった。

 だが、久しぶりに自分が小学生だったころを思いだすと、税金はなぜ大切なのか、何のために税金は必要なのか、その答えが見つかったように感じる。

 私が思うに、税金は、格差社会がだんだん広がりつつあるこの社会で、「差」の拡大を防ぐために必要なものなのかもしれない。