私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
京都府租税教育推進連絡協議会賞
祖母の教育

京都教育大学附属高校 1年
西田 季史

 これは、五年前に亡くなった祖母の話だ。祖母は小学生の頃親を病気でなくし親類に預けられた後、大阪の料亭に働きに出なくてはならなかった。毎日生活の為に働く中で多くの人達と出会ったと言う。その店で長年働きやがて、自分の店を持ちたいという夢を抱く様になる。そこで、小学校すら通えていないことで文字の読み書きも計算も満足に出来ない自分を変えなければと考えた祖母は、働きながら出来る事を考えた。

 それが、「新聞を読む」という事。店に来られるお客さんの話題を理解し、会話できるようになる為、新聞から文字を学ぶ。毎朝時間をかけて隅々まで新聞を読み込む事を欠かさず続け、遂に夢であった自分の店を持つ事を実現した。

 僕は、小さい頃から母が仕事に出ていたので、祖母に面倒をみてもらい、本当に沢山の愛情を注いでもらった。僕が幼稚園で作った折り紙や絵をとても喜んでくれて近所の人にも自慢してくれていた。そんな風に一緒に居た祖母の一番印象に残っているのは、朝も昼も夜も背中を丸めて新聞を読んでいた姿。端から端まで時間をかけて新聞を読む祖母の横で、僕はずっとその事を不思議に思っていた。しかし、祖母からあの昔の話を聞いた時、その理由が分かった気がした。

 僕が小学校に上がると祖母はいつも、「学校で勉強できるのは素晴らしい事なんやで。だから教科書は大事にしなあかん。」と口癖の様に言っていた。僕がうっかり逆さにして置いたままにしていると、「本や教科書は大事にしなあかん。学校でもらった物やから。」 と厳しく言われた。

 去年まで僕は義務教育を受けていた。よく考えれば学習に必要な教科書は無償で受け取っていた事になる。それに気付いたのが今年高校生になり初めて教科書を購入した時だ。そして九年間受け取ってきた教科書等がすごく高価な物だったと気付いた。小・中学校は義務教育なので、平等に教育を受けられる様、経済的な理由で受けられないという事が無い様に無償である事も知った。更には、少しでも充実した環境で勉強できる為の費用にも多くの税金が充てられている。

 国民が納めた税金が教育というカタチになっている事を考えると、祖母がいつも言っていた「教科書は大事にしなあかんよ。学校でもらった物やから。」という言葉が納得を超えて心に浸みる。本当は祖母も教科書を持って学校に通いたかったに違いない。生きる為に働きながらも学ぶ事を諦めなかった前向きな祖母を僕は心から誇りに思う。

 だからこそ祖母が手にしたかったであろう教科書を大切にし、学校で学べる事が決して当たり前ではなく、尊い事であり感謝の気持ちを忘れずに学んでいかなければならないと強く思う。