私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
京都府租税教育推進連絡協議会賞
二〇二〇年の私達

京都府立洛北高等学校 1年
濱﨑 日菜子

 二〇一六年、夏、福原愛選手を見ながら、二〇二〇年の東京オリンピックを考えた。二〇二〇年に消費税は何%になっているのだろうか。その時、水平的公平性に進んでいるのだろうか。それとも、税負担の逆進性がさらに進んでいるのだろうか。

 ある日、テレビで5年経った今でも、東日本大震災の復興支金を呼びかけている姿を見た。私は復興状況が気になり、スマホで調べてみた。そこで、私は驚いた。自分の予想よりも、全然前に進んでいなかったのだ。この5年間、国は何をしてきたのだろうかと。二〇二〇年、東北の人達は、住み慣れたあの場所で東京オリンピックを見ているのだろうか。

 もし、東北でオリンピックが行われたら、資金が集まるのではないかと考えた。先日、東京オリンピックのロゴ問題で、莫大な資金が無駄になった。東北でオリンピックを開催されることを想像して欲しい。施設をつくる時に、人が働く。雇用が増えると税収も増える。世界各国から人が集まり、東北は確実に活発になる。そのための資金もロゴ問題で失った資金も、全て私達の税金だ。今は、増税に反対する人も多いが、正しく使われる税であれば、賛成する人も増えると思う。

 私はまず自分自身が、税金がどのように徴収され、どのように使われるのかを正しく知る必要があると思った。普段意識せずに買っているお菓子や観ている映画にも、消費税がかかっているが、私はどれだけの税金を納めているのだろう。ほんのわずかかもしれないが、日本中のわずかが国の歳入の十七・八%に含まれている。そう思うと、税には、日本国民みんなの努力や思いが詰まっている様に感じる。だからこそ税金は、決して無駄使いをしてはいけない。私達は、この当たり前のことを日々感じているのだろうか。

 日本には、まだまだ待機児童問題や保育士の給料問題などの解決しなければならない問題がある。でも、私は地域の格差をなくして、水平的公平性を図ることに、正しい税の使い方があるのではないかと、この夏考えた。それをきっかけに、国民一人一人の公平性がより実現されて欲しいし、それが、日本国民一人一人の幸せにつながっていくことと信じている。