私達の暮らしと税金
高校生の作文優秀作公開
京都府租税教育推進連絡協議会賞
立派な大人になるために

同志社女子高等学校 1年
土持 こなみ

 小学校の頃、クラスに必ず一人はこんな子がいました。掃除時間になると、他の子はきちんと掃除をしているのに、仕事をやらずさぼりだすような子です。一人がさぼりだすと皆次々とさぼりだすし、なにしろ掃除が進まないし、進まないどころか真面目にやっている子の邪魔になります。また、さぼりの内容は様々で、外を眺めるだけだったり、他の子と立ち話したり、程度のひどいものならほうきでチャンバラをし始めて暴れたり、どれも迷惑なものです。特にチャンバラなんかは、ぶつかったりほうきが当たったりするかもしれないので迷惑な上に危険で、他の子も腹を立ててクラスの空気が悪くなってしまいます。

 ところで、現代の世の中では脱税の事実が次々と発覚しています。その中には長期間に及ぶケースや額がとんでもなく多いケースもあります。脱税というのは払うべき税金を払わないということですから、当然脱税された分のお金は政府や市区町村には入らず、その分だけそこの財政は厳しくなり人々に充分なサービスが行き渡りません。それだときちんと税を納めている人達も困るし、最悪人々の負担が増えてしまいます。当人しかいい思いをしないし、結局は捕まって刑を受けなければいけないし、赤の他人にまで迷惑をかけるし、脱税というのは結局は誰も得をしない重大な犯罪です。当人しかいい思いをせず、他の人の負担を増やし、周りに迷惑をかけて、最終的には誰も得をしない。これらのことが、「掃除をさぼる小学生」と「脱税する社会人」の共通点だと、私は気づきました。

 脱税で逮捕されてニュースになった人の多くが、払わなかった税金の分を自分の欲しい物ややりたいことに充てていて、自分のことしか考えてないということが分かります。私の家族はそういったことを聞くと「いい年して子供みたいだ」と言います。正にその通りだと私は思います。先述の通り脱税をする人と掃除をさぼる小学生との間に共通点がいくつもあるということは、やっていることは小学生と同じということです。小学校を卒業してから何十年も経っているのにやっていることはまだ小学生のままということです。しかし、共通点の多い両者にも一つ相違があります。小学生には自分を正してくれる先生がいますが、社会人にはそれがいません。自制心を身に付ける必要があるのです。それができてこそ大人だと私は考えています。そして、大人として社会の一端を担っているという自覚をもつために税という制度があるのではないかと思いました。税はもちろん皆で平等に国を支えるためにあるものでもありますが、同時に社会の一端をとして働き始めたことに責任を感じ、自立するのを促すものだと思います。だから私も自立した立派な大人になるために、今から税や社会の仕組を学んでおきたいと思います。